遠い世界のAI
ずっと以前に、
題名が『AI』という映画がありました。
人間とロボットの心の交流を描いた作品だったと思います。
その中で、ロボットが「涙」を理解できず、
ただ目から水が流れているだけ、という場面がありました。
それを観た私は、
「あぁ、ロボットだものね」
そんな感想で終わっていました。
当時の私にとって、AIやロボットは
どこか遠い世界の話だったのだと思います。
少し近づいた未来
7年ほど前、
イギリスのドラマシリーズ
『Years and Years(日本名:2034 今そこにある未来)』を観ました。
舞台は、EU離脱後のイギリス。
マンチェスターに暮らす、ある家族の日常が描かれています。
70代のお母さんと、3人の子どもたち、
そのパートナーや孫たち。
特別な家族ではない、
とてもリアルな暮らしぶりです。
当たり前の会話の中に
ある場面で、そのお母さんが何気なく話しかけます。
「今日の天気は?」
「地下鉄、動いてる?」
返ってくる声は、
「今日は寒いので、先日買ったコートがちょうどいいですよ」
「地下鉄は一部区間が運休しています。タクシーを呼びましょうか?」
AIスピーカーとの、当たり前の会話。
そこへ娘さんが現れて、
「おはよう」とAIの名前を呼ぶ。
するとAIは、家族の会話の中に
自然に入ってきます。
誰も驚かない。
誰も構えない。
AIは「便利な道具」ではなく、
家族の会話の端に、そっと座っている存在でした。
重なった未来
2034年。
ドラマの中の母親の年齢は、
今の私と、そう変わりません。
そのことに気づいたとき、
ふと思いました。
「私、この年代で、
あんなふうに自然にAIと話せるかしら?」
「置いていかれたりしないかな?」
少し、不安になったのを覚えています。
ブラックユーモアのある物語なのに、
妙にリアルで、
だからこそ心に残りました。
これからの距離感
今、現実の世界では、
「AIは怖い」
「仕事を奪う」
そんな声も、たくさん聞こえてきます。
確かに、外に出れば、
人も、街も、どこか少し荒れているように感じることもあります。
だからこそ思うのです。
AIと共に、
家の中だけが便利になる未来ではなく、
人と人の間を、少しだけなめらかにしてくれる存在であってほしい。
私が選びたいこと
「使いこなせるか」ではなく、
「どう一緒に暮らすか」。
ドラマの中の未来を観て、
私はそんなことを考えるようになりました。
もし、これからの時代、
AIが私たちの「隣人」になるのだとしたら。
怖がったり、
遠ざけるより、
まずは、挨拶をしてみる。
そんな付き合い方を、
私は選びたいと思っています。

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