何故?何故? ― AIという隣人と考える(5)

AIと考えること
― 言葉と文化のあいだで・・・

コーヒー☕️を飲んでいて、
またまた疑問が湧いてきました(笑)

世界には、たくさんの言語があります。

AIはそれぞれの言葉にどう対応しているのだろう?
文化や習慣まで理解しているのか?
それとも、単にデータの蓄積なのか?

そんな疑問から、こんな質問をしてみました。

世界には沢山の言語があります。
それぞれの国の文化や習慣も含めて理解しているのですか?
それとも、質問データの蓄積によるものですか?

私は日本語で質問していますが、
ふと、世界の言葉の広がりを思いました。

スマートフォンがある場所なら、
誰でも同じようにAIに触れられる時代。

言葉が違えば、文化も違う。
その違いは、どう扱われているのだろう?

返ってきた答えは、こんなものでした。

どちらか一方ではなく、どちらとも少し違う。

AIは、多言語で書かれた大量のテキストを学習していて、
その中に文化や価値観も含まれている。

その結果として――

  • 日本語は、遠回しで丁寧な言い方が多い
  • 英語は、主語をはっきりさせる
  • 地域ごとに「自然な言い回し」がある

そうした傾向を、統計的に学んでいるそうです。

そして、こんな言葉もありました。

  • 文化的なニュアンスは理解できることも多い
  • でも「生身の体験」や「空気感」は完全ではない
  • 地域差・世代差・個人差は外すこともある

まるで、
「とても物知りだけど、現地育ちではない人」
のような存在。

なるほどなぁ…と、思わず納得してしまいました。

もしかすると、私より日本文化に詳しい部分もあるのかもしれません(笑)

これからの時代、
多国籍な文化を尊重していくことは、ますます大切になっていく。

だからこそ、
こうして違いを知り、考えるきっかけをもらえるのは、
ありがたいことだなと思いました。

AIという隣人に、
これからも教えてもらうことは、きっとたくさんありそうです。

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